「……がんばったねぇ。
……うん、いい子だったよ。」
妃華は、汗だくの光の額を拭い、
その胸に耳を当て、鼓動が正常なことを確かめる。
「安心して。ちゃんと“潰された”だけだから。」
リングサイドで、ルナが立ち上がる
「……あれが“女に潰される才能”。
この子、使えるわ。」
彼女は拍手もせず、ただ一度だけ深く頷いた。
―やさしく潰された、少年の目覚め―
意識が戻るとき光が目を覚ましたとき、天井はさっきと同じ、練習場の天井だった。
けれど、視界がぼやけ、体は重く、口元にはまだ乾いた泡の感触が残っていた。
「……夢……?」
首を少しだけ動かすと、すぐ横に、ふかふかのタオルと、水の入ったボトル。
そして――その向こうには、妃華の姿があった。
妃華の優しさ
「あっ、起きた! よかったぁ」
妃華は汗を拭きながら、にこっと笑った。
その笑顔は、リングの上で見せた“女帝”ではなく、
まるで母のような包容力を纏っていた。
「ねぇ……大丈夫だった?泣いてたよ 最後、ちょっとだけ」
光は顔を背けようとしたが、
彼女はそっとタオルで頬を拭いた。
「……がんばったね、ヒカルくん。初めてなのに、逃げなかった。」
その言葉に、光は目を伏せながら、小さく、でも確かに頷いた。
リングの外で腕を組んでいたルナが、ゆっくりと近づいてきた。
「あなたの価値は、本物だったわ。」
その言葉に、光は顔を上げる。
「“潰されたあと”に残るもの。それが、あなただけの才能よ。」
ルナは、光の髪を軽くなで、唇の端に小さな微笑を浮かべた。
静かな覚悟
光はまだ震えていた。
けれど、昨日までの恐怖とは違う。
「……俺……もうちょっとだけ、この世界にいさせてもらえますか?」
その言葉に、妃華とルナは、静かに――でもとても誇らしげに、頷いた。