1週間後:光、初めての観戦へ
ルナとの出会いから1週間――
水瀬光は、迷いと好奇心の間で揺れていた。
「あんな女たち相手に、本当に俺が……?」
テレビで見るプロレスと、生の女子プロレスは違った。
想像以上に本物の“圧”があった。
ドスンッと響くマット音、リングに立つレスラーの太もも、背中、咆哮。
そのすべてが、自分の“骨の細さ”と“無力さ”を際立たせる。
だが、それ以上に――
コスチュームの美しさ、女性らしさ、筋肉と丸みの融合が、
「あれに潰されるって……本当に、男として…“負け”なのか?」
という奇妙な感情を芽生えさせていた。
光、再びルナの元へ
「……やってみたいです。試してみたい、自分を。」
光は電話をかけた。
ルナは、笑わなかった。ただ一言。
「じゃあ、来なさい。
あなたの価値を、私の手で確かめてあげる。」
誰もいない、深夜の練習場
光は案内された。
夜の静まり返った道場、照明はリングだけが照らされている。
彼は、渡された黒のスパッツに着替え、リングの下でルナを待つ。
やがて姿を現したのは、しわのある、だが目が鋭く輝く中年の女性。
ルナは、かつての王者としての気配を纏いながら、ゆっくりとローブを脱いだ。
「遠慮しないで。私を“プロレスラー”として見なさい。
君のカラダがどう反応するか、それで合格かどうか決めるから。」
スパーリング開始――“静かなる品定め”
開始のゴングなどない。
ルナが、一歩、近づいただけで、光は本能的に後ずさった。
その背にはすぐにロープ。逃げ道はない。
ルナは微笑みながら、両腕を広げる。
「じゃあ、まずは――ベアハッグから。
女に抱かれて、どこまで保てるか。見せてごらんなさい。」
ぎゅう、と胸元に引き寄せられた光の体が、ルナの体に埋もれる。
体温、質量、呼吸、肉体の壁――
すべてが“女性”でありながら、決定的に“男より強い”。
そして、運命の審判へ
ルナは技をかけながら、彼の反応、骨格、声、呼吸を確認していた。
まるで料理人が食材を指で確かめるように。
やがてスパーリングは終わり、光はマットの上でぼんやりと寝転んでいた。
ルナは静かに言う。
「合格よ。あなたは、“潰される価値”がある。」
光は、仰向けにマットに倒れていた。
息は浅く、鼓動は速く、体温がやけに高く感じられた。
視界の端で、ルナの影がゆっくりと近づいてくる。
コツ、コツ、と静かな足音。
それなのに、なぜか心臓の音を掻き消すほど、響いていた。
ルナは、しゃがみこんだ。
黒いリングシューズのまま、彼の顔の横に、膝をついて。
「合格よ。」
「あなたは、“潰される価値”がある。」
その言葉が、耳に残ったまま消えずにいた。
なのに、目を逸らすことができなかった。
彼女の指が、額に落ちた髪をそっと払う。
ひんやりした指先が、光のこめかみに触れたとき――
全身の感覚が、ぴたりと止まった。
「……怯えてるの?」
「それとも、期待してるのかしら。」
ルナの声は、低くて甘い。
けれど、その奥にある何かが、本能的な支配を匂わせていた。
光は、何も答えられなかった。
けれど、逃げようともしなかった。
「私ね、ちゃんと責任取るから。
……だから、いいでしょ?」
彼女は、光の頬に手を添える。
まるで壊れ物に触れるように、柔らかく、慎重に。
そして、顔を寄せてきた。
唇が、近づく。
呼吸が、交わる距離。
その刹那、ルナの目は、まっすぐに彼を見つめていた。
「もう……逃がさないわよ。」
唇が、触れた。