妃華は、すぐに止める気にはなれなかった。
「だって……まだ終わりじゃない。潰された“あと”が、大事なんだよ?」
彼の目が泳ぐのを見て、彼女はそっと技を緩めたけど、離れなかった。
コーナーに追い詰められた光の身体が、崩れ落ちる寸前で踏みとどまっていた。だが、妃華の一撃が、次第に彼の意識と体力をじわじわと削っていく。
最初は、スリーパーホールドだった。
背後から回り込んできた妃華の腕が、するりと光の首に絡まり、そのまま力強く締め上げる。彼女の胸と腹がぴたりと背中に密着し、光の呼吸が次第に細くなる。逃れようと身を捩るたびに、彼女の太腿と胴のぬくもりが、彼をより強く包み込んでいった。力では抗えない。光の指先が宙を掴むように揺れ、やがて、その手もだらりと落ちた。
離されたと思った瞬間、今度はコーナーへと突き飛ばされる。
ぐらつく足元。そこへ、妃華のヒップが容赦なく襲いかかる。
「んっ!」
尻の塊が、鼓動のようなリズムで彼の胸と腹を叩きつけた。一度、二度、三度――カウントなど意味を成さない。叩かれるたび、空気と希望が押し出されていく。彼の背後にあるのはロープ。逃げ場など、とうに失われていた。
そして、決定的だったのは――マウントポジション。
リングに倒れこんだ光の上に、妃華がゆっくりと跨る。脚が絡みつくように彼の胴を挟み、手首をがっちりと押さえ込む。彼女の長い髪がふわりと垂れ、まるで捕食者のように、微笑みながら見下ろしていた。
「がんばってるけど、もう立てないよねぇ〜?」
「ごめんね、でも……これがプロレスなんだよ」